
モーツァルト効果は本当にあるのか?「音楽と子どもの知能」について
「妊娠中にクラシックを聴かせると、赤ちゃんが賢くなる」という話を耳にしたことはありませんか?胎教CDが売れ、音楽教室が「脳の発達に良い」とうたい、産院のBGMにモーツァルトが流れている、という光景は今も珍しくありません。クラシックを聴かせるだけで子どもの頭が良くなる、IQが上がる、という考え方は「モーツァルト効果」と呼ばれたりします。
でも、これって本当なのでしょうか。論文を読んでいくと、期待していた人には少し残念な答えが見えてきました。ただ同時に、「では子どもと音楽はどう関わればいいのか」という問いには、前向きな答えも見えてきます。この記事では、その根拠をできるだけわかりやすくお伝えします。
まず結論
「音楽を聴かせるだけで知能が上がるのか」という問いに対して、研究の答えはおおむね「ノー」です。受け身で音楽を聴くだけでは、認知の力が伸びるという効果は見られない、という結論を複数の研究が出しています。
ただ、研究をよく読むと、聴くだけでは効果がない一方で、子どもが自分から参加する音楽活動については、認知の発達への効果が複数の研究で確認されています。この違いが、この話を理解するうえでのいちばんのポイントです。
「モーツァルト効果」とは何だったのか
始まりは、1993年に科学誌ネイチャーに掲載された一本の論文でした。
大学生がモーツァルトのピアノソナタを10分間聴いたあと、空間認知*の課題の成績が、IQに換算して8〜9ポイント上がった。
Rauscher, Shaw & Ky, 1993
これが「モーツァルト効果」の始まりです。ところが、この結果はとても限られたものでした。対象は大学生で子どもではなく、効果があったのは空間認知という特定の力だけで、知能全般ではありません。しかも、効果が続いたのはごく短い時間でした。
それにもかかわらず、この発見はメディアに取り上げられ、社会に広まるうちに大きく姿を変えていきました。BangerterとHeath(2004年)は、この現象を「科学的な伝説が広まっていく過程」として、詳しく追いかけています。
二人が新聞記事のデータベースを分析したところ、元の論文の対象だった大学生についての記述は時間とともに減っていき、代わりに「子ども」「赤ちゃん」「乳幼児」についての記述が急に増えていました。1997年以降は、乳幼児についての記述のほうが大学生についての記述より多くなっています。研究されてもいない対象への効果が、まるで証明済みのように語られるようになったのです。
さらにこの研究では、モーツァルト効果への関心が特に強く広まったのは、教育の水準が低い州や教育予算が少ない州だったことも示されています。子どもの知的発達への不安が大きい地域ほど、この話が熱心に受け入れられた、ということです。人々の不安が、根拠の乏しい情報の広まりを後押ししたと考えられます。
一方、科学の世界では、1999年に16本の研究をまとめた分析(Chabris、1999年)が行われ、モーツァルト効果はあったとしてもごく小さい、という結論が出ていました。科学の世界では早い段階で否定されていたのに、「モーツァルト効果」という話は、その後も長く生き続けたのです。
モーツァルト効果が広まった理由
科学的には否定されていたのに、なぜモーツァルト効果はここまで広く信じられたのでしょうか。Bangerterらの研究は、その社会的な背景も分析しています。
ひとつは、情報が伝わる途中での「変化」です。「大学生・空間認知・短時間の効果」だった元の論文が、メディアを通じて伝わるうちに「乳幼児・知能全般・ずっと続く効果」に変わっていきました。科学的な発見が、わかりやすい物語として単純化され、大げさになっていく典型的なパターンです。
もうひとつは、親の不安とうまく重なったことです。「子どもの発達のために何かしてあげなければ」という気持ちは、多くの親が持っているものだと思います。そこに「クラシックを流すだけでいい」という手軽な方法は、とても魅力的に映りました。難しくなく、お金もそれほどかからず、悪い影響もなさそうで、「科学的に証明された」というお墨付きまである。これほど受け入れやすい話はなかなかありません。
さらにアメリカでは、1998年にジョージア州が新生児のいる家庭にクラシックCDを配る予算を通し、フロリダ州が保育施設で毎日クラシックを流すことを義務づけるなど、行政まで動きました。行政のお墨付きが加わったことで、この話はさらに「事実」のように扱われるようになりました。
科学的な発見が社会に伝わる途中で、どれだけ形を変えて大げさになりやすいか。モーツァルト効果は、その代表的な例として、研究者のあいだで今も取り上げられています。人は信じたいものを信じやすい、ということは、育児の情報を見るときにも頭に置いておきたい視点です。
音楽を聴いたあとの記憶を調べた実験
モーツァルトを流しておくだけでは、なぜ認知の力は伸びないのでしょうか。その手がかりとして、2020年にポルトガルの研究チームが発表した論文を見てみます。
健康な若い成人51名を対象に、音楽を聴いたあとで、記憶の課題(単語を覚える課題と、それをどの場面で見たかを覚える課題)を行いました。比べたのは「無音」「環境音(水の音や鳥のさえずり)」「音楽(メタル、エレクトロニック、ジャズ)」の3つで、さらに「好きな音楽」と「好きではない音楽」の違いも調べています。
その結果、音楽を聴いたあとでも、無音や環境音と比べて記憶の成績に差はありませんでした。好きな音楽を聴いた場合も同じです。ベイズ統計という方法での分析でも、「効果がない」という結論が強く支持されました(単語の記憶でベイズ因子10.39、場面の記憶で8.61。どちらも「効果なし」を強く支持する値です)。
これまでの研究では、「音楽を聴きながら課題をする(BGMとして流す)」という条件では、記憶が良くなる結果も出ていました。一方この研究では、「課題の前に音楽を聴いて、課題中は無音」という形で調べています。
研究者たちは、音楽を聴いて気分が高まったり、心地よさを感じたりすることが記憶を助けるとしても、課題が始まる前に音楽が止まってしまうと、その効果もなくなってしまうのかもしれない、と考えています。音楽の効果は「聴いているその時」に働くもので、前もって聴いておけばあとから効く、というものではなさそうです。
なお、同じ論文の中で行われた小規模な予備的な研究では、認知機能が低下している高齢者に限って、音楽を聴くと記憶の成績が少し良くなる可能性が示されました。これは、健康な子どもや若い人とは別の仕組みによるものと考えられます。
論文:リズムと動きの音楽プログラムを調べたRCT
聴かせるだけでは効果がない、という結論は、「音楽は子どもの発達に関係ない」という意味ではありません。研究が示しているのは、歌う、楽器を鳴らす、リズムに合わせて体を動かすといった、子どもが自分から音楽に参加する活動には、認知の発達への効果がある、ということです。
ここでは、2023年にオーストラリアのクイーンズランド工科大学の研究チームが発表した、質の高い研究を紹介します。
対象は、社会経済的に厳しい地域にある8つの保育施設に通う、3〜4歳の子ども213人です。参加者をランダムに「プログラムを受けるグループ」と「普段どおりの保育を受けるグループ」に分けて比べる、ランダム化比較試験(RCT)で行われました。RCTは、原因と結果の関係を最も厳密に確かめられる方法です。
プログラムを受けたグループの子どもたちは、「RAMSR(Rhythm and Movement for Self-Regulation:自分をコントロールする力のためのリズムと動き)」というプログラムを、8週間で16〜20回受けました。
RAMSRプログラムで何をするのか
このプログラムの特徴は、音楽の拍(ビート)に合わせて体を動かすことを中心にしていることです。ただリズムに乗って踊るだけではなく、頭を使う練習がうまく組み込まれています。1回のセッションは、だいたい次のような流れで進みます。
ウォームアップ(体を使ったリズム遊び):手拍子や足踏みなど、自分の体を打楽器のように使ってリズムを感じる。
なじみの歌に合わせた動き:知っている童謡や曲に合わせて、振り付けを覚えながら動く。
拍に合わせた大きな動き:音楽のテンポに合わせて、行進やジャンプ、スキップをする。ここでのポイントが「スタート&ストップ」のルールです。「音楽が流れているときは動いて、止まったら止まる」という基本のルールから始め、だんだん「音楽が流れているときは止まって、止まったら動く」という逆のルールも取り入れます。これが、衝動を抑える力の練習になります。
楽器を使った演奏:リズムスティックやカスタネットを、音楽に合わせて鳴らす。「この音が聞こえたらこの動き、あの音が聞こえたらあの動き」というルールを覚えながら演奏するので、情報を頭に置いたまま使う力(作業記憶)の練習になります。
少し複雑なダンス:2つのルールを同時に覚えながら体を動かす。床に置いたリズムスティックの形を体で真似する、といった、見たものと体の動きを合わせる課題も含まれます。
クールダウン:ゆっくりした音楽に合わせて体を動かしながら、落ち着いていく。気持ちを整える練習にもなります。こうした活動を通して、子どもたちは楽しみながら、注意を続ける、衝動を抑える、ルールを覚えておく、複数のルールを切り替える、といった力をくり返し練習していることになります。また、このプログラムは音楽の専門知識がない保育士でも行えるように作られていて、1日の研修を受けた保育士が実際に行い、実施率は平均92.5%でした。
結果:小学校に入ってからも続いた効果
プログラムの直後に加えて、子どもたちが小学校に入ってから6か月後にも追跡調査が行われました。その結果、自分をコントロールする力(気持ちや行動を調整する力)は、プログラムのあとに有意に伸び、6か月後もその効果が続いていました(p<0.001、効果量ηp²=0.08。中くらいの効果です)。小学校生活への準備の度合い(就学準備度)でも、プログラムを受けたグループが上回っていました(p=0.038、ηp²=0.09)。さらに、衝動を抑える力(抑制機能)でも有意な効果が見られました(p=0.002、ηp²=0.23。大きめの効果です)。
論文では、就学準備度や抑制機能への効果は、プログラムの直後よりも6か月後にはっきりしたと報告されています。研究者たちは、まず自分をコントロールする力が伸び、それが土台になって、時間をかけて就学の準備や衝動を抑える力にも広がっていったのではないか、と考えています。
この結果が特に大事なのは、対象が厳しい環境にいる子どもたちだったことです。経済的に厳しい家庭の子どもほど発達の支えが必要なのに、質の高い音楽のプログラムに触れる機会は少なくなりがちです。高い音楽教室に通わなくても、保育士がふだんの保育の中でこのプログラムを行うだけで、小学校に入ってからも続く効果が見られた、というのは心強い結果だと思います。
なぜ音楽で体を動かすことが効くのか
「なんとなく良さそう」ではなく、なぜ音楽が認知の発達に関わるのか、その仕組みも少しだけ説明しておきます。
私たちの脳には、外から聞こえるリズムに神経の活動を合わせる力が、生まれつき備わっています。音楽のビートを感じると、脳の聴覚の領域がそのリズムに同期して、次の拍を予測しようとします。この活動は音楽が止まったあとも少し続き、実際に体を動かしていなくても、運動に関わる領域が働くことが知られています。
つまり、ビートに合わせて体を動かす活動では、音を聞く仕組みと体を動かす仕組みが、同時に、しかも複雑に働きます。そしてこうした神経のネットワークは、注意をコントロールするなど、認知の発達にとって大事な働きとも重なっています。思春期の子どもを対象にした研究でも、音楽のトレーニングを受けた子どもは、注意や衝動の抑制、作業記憶、考えを切り替える力などで、そうでない子どもより良い成績だったという報告があります。
これは「音楽そのものが特別に良い」というより、「複雑なリズム遊びが脳のいろいろな部分を同時に使うので、総合的なトレーニングになる」と考えるほうが近いのかもしれません。
日常でできること:論文から導き出せる実践
では、こうした研究を毎日の育児にどう活かせるでしょうか。音楽療法士に頼んだり、特別なプログラムに通ったりしなくても、ふつうの家庭で今日から取り入れられることに絞ってお伝えします。
①「聴かせる」より「一緒にやる」
いちばん大事なのは、子どもが自分から参加しているかどうかです。BGMとして音楽を流しておくだけでは、効果はあまり期待できません。一緒に歌う、リズムに合わせて手をたたく、音楽に合わせてジャンプする。どれも特別な準備はいりません。「音楽をかけながら一緒に体を動かす」だけで、聴くだけの時間が、参加する時間に変わります。
②「スタート&ストップ」遊びを取り入れる
RAMSRプログラムで使われているいちばんシンプルな遊びは、家庭でも簡単にできます。音楽をかけて、「流れているときは踊る、止まったら止まる」から始めてみてください。慣れてきたら、「流れているときは止まって、止まったら動く」とルールを逆にします。3歳くらいからは十分楽しめる遊びで、止まらなきゃいけないのに動きたい、という気持ちをがまんする練習にもなっています。
さらに、「赤いカードを見たらジャンプ、青いカードを見たらその場でくるっと回る」のように、音楽と目で見るルールを組み合わせると、いくつかのルールを頭に置きながら判断する練習にもなります。
③テンポの変化を遊びに使う
音楽のテンポをわざと変えながら遊ぶのもおすすめです。速いテンポでは素早く、遅いテンポではゆっくり大げさに動く。音楽に体を合わせようとすることが、リズムに合わせる力を育てます。スマートフォンで流す音楽で大丈夫ですし、クラシックである必要もありません。リズムがはっきりしていて、テンポが一定の曲なら何でも使えます。
④毎日少しずつ続ける
RAMSRプログラムは、8週間で16〜20回という形でした。一度に長くやるより、短くても続けることに意味があります。「朝ごはんのあとに5分、音楽に合わせて体を動かす」「お風呂上がりに好きな曲で一緒に踊る」くらいでも、続けることで積み重なっていきます。研究で見られた効果も、特別な環境からではなく、くり返しの練習から生まれたものです。
⑤楽器がなくても、体が楽器になる
専用の楽器をそろえる必要はありません。手拍子、足踏み、ひざをたたく、口でリズムをとる。体そのものが打楽器になります。RAMSRプログラムで使っていた楽器も、リズムスティックとカスタネットくらいでした。音楽で育ちを支えるのに、必ずしもお金をかける必要はない、ということも、この研究から受け取れることのひとつだと思います。
我が家ではどうしていたか
我が家では、妊娠中にクラシックを聴いていました。普段はクラシックを聴くことはほとんどないのですが、ネットで「胎児にいい」という話を見て、聴くようになりました。親からも「クラシックがいい」と言われた記憶があります。今思えば、この記事で紹介した「モーツァルト効果」の話が、そのまま我が家にも届いていたのかもしれません。聴かせるだけで賢くなるという根拠はありませんでしたが、悪いことをしたわけではないので、同じように胎教で聴いていた方も、あまり気にしなくていいのかなと思います。
今は、娘と一緒に歌いながら手をたたいたり、踊ったりしています。おもちゃのピアノや打楽器もあって、娘もそれで遊んでいます。記事で紹介した「聴かせるより一緒にやる」「体が楽器になる」という関わりは、特に意識しなくても、遊びの中で自然とやれていたのかもしれません。
「音楽が止まったら止まる」遊びはまだ試していませんが、娘は音楽が流れると、それに合わせて踊っています。ルールのある遊びは3歳くらいからが目安なので、もう少し大きくなったら試してみるのもいいかもしれませんね。
まとめ:科学的に言えること、まだ言えないこと
複数の研究をふまえて、今の時点で言えることを整理します。
科学的に言えること
音楽を受け身で聴かせるだけで、子どもの知能や認知の力が伸びるという根拠はありません。「モーツァルト効果」として広まった考え方は、科学的な根拠がとても限られていて、社会の不安やメディアでの誇張によって広まった「科学的な伝説」です。
一方で、歌う、リズムに合わせて体を動かす、楽器を使うといった、子どもが自分から参加する音楽活動については、自分をコントロールする力や、衝動を抑える力、就学の準備を伸ばす効果が、質の高いRCTで示されています。経済的に厳しい環境にいる子どもたちで効果が見られ、小学校に入って6か月後まで続いていました。音楽の専門知識がない保育士でも行えるという点も、取り入れやすさにつながっています。
科学的にまだ言えないこと
音楽活動のどの要素が、どんな仕組みで効いているのか、いちばんいいやり方や時間、頻度はどれくらいか、効果がどこまで長く続くのかについては、これからの研究が必要です。
「モーツァルトを流しておけば大丈夫」という簡単な答えはありませんでした。でも、子どもと一緒に音楽に乗って体を動かしたり、笑いながらリズム遊びをしたりする時間そのものが、親子の時間を楽しみながら、子どもの育ちを支える時間にもなっている。研究からは、そんなことが見えてきます。
参考文献
Rauscher, F. H., Shaw, G. L., & Ky, K. N. (1993). Music and spatial task performance. Nature, 365(6447), 611. https://doi.org/10.1038/365611a0
Chabris, C. F. (1999). Prelude or requiem for the 'Mozart effect'? Nature, 400(6747), 826–827. https://doi.org/10.1038/23608
Bangerter, A., & Heath, C. (2004). The Mozart effect: Tracking the evolution of a scientific legend. British Journal of Social Psychology, 43, 605–623. https://doi.org/10.1348/0144666042565353
Silva, S., Belim, F., & Castro, S. L. (2020). The Mozart Effect on the Episodic Memory of Healthy Adults Is Null, but Low-Functioning Older Adults May Be an Exception. Frontiers in Psychology, 11, 538194. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.538194
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